デイモンド・ジョン ストリートファッションブランドの巨星 

デイモンド・ジョンは90年代にアメリカの若者を中心に爆発的に流行した

ヒップホップ系アパレル「FUBU」の創始者です。

ファッション業界に強いコネクションを持っており、マーケティングやリテール展開、ライセンス交渉・契約などを得意にしています。

現在の純資産は250ミリオンドルです。

自宅で始めた帽子屋から国内外で人気のブランドへ

デイモンドはニューヨークのごく普通の家庭に生まれます。

10歳の時に両親が離婚。

家計を助けるために学校に行きながらアルバイトを始めます。

高校を卒業後は大学へは進学せず働きつづけます。

ある時自分でデザインした帽子を売ることを思いつき、母親に縫い方などを習って帽子作りをはじめます。

そしてそれを試しに売ってみると、なんと飛ぶように売れてしまいます。

この成功体験をもとに、デイモンドは次のステップへ。

友達3人と一緒にアパレルブランド「FUBU」を立ち上げます。

「FUBU」は若者向けのヒップホップ系のブランドで、これが爆発的に大流行、

LLクールJ(アメリカのラッパー)やレノックス・ルイス(ボククシング世界ヘビー級統一チャンピオン)らと

契約を結ぶことによりさらに人気と知名度が上昇。

海外でも大ヒットし、一時期は年商350ミリオンドル(約400億円)を売りあげることもあったほどです。

ヒップホップの世界に魅了されていった少年時代

デイモンドが育ったエリアではドラッグが蔓延しており、

大金を稼げるドラッグディーラーになりたがる若者が多かったそうです。

デイモンドの母親は息子がそういう世界に巻き込まれないか常に心配していたと言います。

ところがデイモンドが目をつけていたのはドラッグディーラーではなく、

ヒップホップの人気の高まりによりどんどんお金持ちになっていくシンガーたちでした。

自身もヒップホップやラップが好きだったこともあり、なにかヒップホップの世界に関わっていきたいと思ったそうです。

そうは思ったものの、自分は歌も歌えなければダンスも得意ではない。

でも洋服をつくることはできそうだ、と思ったそうです。

そこでヒップホップ好きな若者のためにかっこいい洋服を作ることで生計をたてていくことを決めます。

いつも見守り応援し続けてくれた母の存在

デイモンドの母親はいつでもデイモンドの大きな支えでした。

シングルマザーとして仕事をかけ持ちしてデイモンドを育ててくれ、

洋服を売り始める時には裁縫を教えてくれ、家を抵当に入れて開業資金をねん出してくれ、

常にデイモンドを応援し続けてくれました。

実はバーバラ同様、デイモンドもディスクレシア(失読症)だと医者に言われました。

その時も母親は医者のいうことを信じず、デイモンドの能力を信じ続けたそうです。

母親がデイモンドにいつもかけていた言葉がこちらです。

It takes the same energy to think small as it does to think big. So dream big and think bigger.(物事を小さく考えるのも大きく考えるのも使うエネルギーは同じ。だったら大きく夢見て、より大きく考えなさい。)

その他のデイモンドの金言はこちらから。

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